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■市議選を終えて
県議選と同時に行われた千葉市議選が終わりました。私、松戸としおは、九回目の挑戦でしたが、下から数えた方が早い、下から四番目で当選しました。終盤に一票が大事と思い、皆様にお願いしたのが良かったのでしょう。皆様の応援、心より感謝いたします。
現職で落選したのは、若葉区の清野裕三氏、稲毛区の竹内氏・谷戸氏です。清野氏は、80歳の高齢がたたったか、竹内氏・中野渡氏は、新人の勢いに負け、谷戸氏は、橋本登氏との駅前での暴力事件、議会での辞職勧告に負けたのでしょうか。
予想を上回り高得票したのは、若葉区の市民ネット、花見川区の川村氏でした。花見川区の市民ネット県議候補は一万票を超え高得票しましたが、市議候補は当選したものの票は伸びませんでした。
総体的には、予想に近い結果となりました。 |
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| ■花見川区当選者一覧 |
| 得票数 |
名前 |
党派・会派等 |
| 11135 |
三瓶 輝枝 |
民主 |
| 5459 |
村尾 伊佐夫 |
公明 |
| 5314 |
川岸 俊洋 |
公明 |
| 4877 |
川村 博章 |
自民 |
| 4807 |
西巻 義通 |
民主 |
| 4698 |
市原 弘 |
自民 |
| 4693 |
盛田 真弓 |
共産 |
| 4338 |
松戸 敏雄 |
自民 |
| 4332 |
中村 公江 |
共産 |
| 3976 |
長谷川 弘美 |
市民ネットワークちば |
| 3159 |
鈴木 友音 |
無所属 |
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■皆様のご協力のもと、選挙カーの完成
3月28日選挙カーが完成いたしました。
ご支援をお願い致します。投票日は4月8日、日曜日です。 |
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■柏鷹会 吉田とし子様よりおにぎりの差し入れ
私達の気持ちは一つ、一人でも多くの方のご支援を頂くことです。 |
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| 松戸としお後援会事務局員 |
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| ■事務所に届いた必勝為書き |
| 自由民主党総裁 |
安倍 晋三 |
| 自由民主党幹事長 |
中川 秀直 |
| 外務大臣 |
麻生 太郎 |
| 自由民主党両院議員総会長 参議院議員 |
山東 昭子 |
| 自由民主党政務調査会長 |
中川 昭一 |
| 財務大臣 |
尾身 孝次 |
| 衆議院議員 |
山中 Y子 |
| 衆議院議員 |
臼井 日出男 |
| 自由民主党千葉県支部連合会会長 |
浜田 靖一 |
| 自由民主党政令指定都市議会議員連盟会長 |
藤代 耕一 |
| 自由民主党千葉県連選挙対策委員長 |
実川 幸夫 |
| 自由民主党県連幹事長 |
金子 和夫 |
| 参議院自由民主党議員会長 |
青木 幹雄 |
| 前参議院議長 参議院議員 |
倉田 寛之 |
| 参議院議員 |
椎名 一保 |
| 衆議院議員 |
松野 博一 |
| 衆議院議員 |
水野 賢一 |
| 千葉市長 |
鶴岡 啓一 |
| 四街道市長 |
高橋 操 |
| 八千代市長 |
豊田 俊郎 |
| 八街市長 |
長谷川 健一 |
| 佐倉市長 |
渡貫 博孝 |
自由民主党千葉県参議院選挙区第四支部長
千葉県議会議員 |
石井 準一 |
| 自由民主党千葉県参議院選挙区第五支部長 |
しらすか 貴樹 |
| 自由民主党千葉県参議院比例代表 |
おみ 朝子 |
| 千葉県議会議員 |
本間 進 |
| 元衆議院議員 |
江口 一雄 |
| 元衆議院議員 |
いおく 貞雄 |
千葉県地方議員連絡協議会
千葉市相撲連盟会長 |
佐々木 久昭 |
| 千葉県議会議員 |
石井 利孝 |
| 参議院議員 |
ありむら 治子 |
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| ■推薦状 |
| 自由民主党総裁 |
安倍 晋三 |
| 千葉県宅地建物取引業協会 |
会長 田中 洋
地区長 桜井 俊彦 |
| (株)佐久間 |
代表取締役 佐久間 浩 |
| 千葉市内古紙問屋協議会 |
代表理事 佐久間 浩 |
| 千葉市薬業会 |
会長 矢島 英輔 |
| 千葉市体育協会 |
会長 大木 康司 |
| 花見川区少年野球連盟 |
会長 石川 清章 |
| 千葉市サッカー協会 |
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| 千葉県地方議員連絡協議会 |
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皆様の激励に応えるため、日夜頑張っております。 |
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| 左:安倍 晋三氏 右:中川 秀直氏 |
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| 左:麻生 太郎氏 右:山東 昭子さん |
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| 左:中川 昭一氏 右:鶴岡 啓一氏 |
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| 左:高橋 操氏 右:豊田 俊郎氏 |
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| 左:渡貫 博孝氏 右:山中 Y子さん |
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■第13回千葉市区対抗サッカー大会でのあいさつより
3月21日、このたび、「第13回千葉市区対抗サッカー大会」を千葉市美浜区サッカー協会のお力をお借りして、千葉ポートアリーナにて開催できましたこと、大変意義深く、心より感謝申し上げます。
一昨年は、「ジェフ市原・千葉」のホームタウンの広域化がなされ、「フクダ電子アリーナ」が念願のオープンとなりました。これもひとえに、千葉市長はじめ行政の方々のご尽力はもとより、市民の皆様の強いご支援があったからこそと確信しています。また、この追い風を受けるかのように、ジェフ市原・千葉がナビスコカップで2連覇を成し遂げるなど、千葉市民としてこれほど嬉しいことはありませんでした。
協会としましても、未来を担う子どもたちのため、また、各年齢層に応じた各大会の開催・指導者の育成・各区サッカー協会の充実・各区サッカー場の建設等々に微力ながら取り組んでいます。
本日、参加されました各区の選手の皆さんが、日頃の練習の成果を十分発揮され、各区の代表としてすばらしい成績を収められますようご期待申し上げます。
おわりに、本大会の開催にあたりご尽力いただきました関係各位に深く感謝と敬意を表しますとともに、千葉市美浜区サッカー協会のますますのご発展を祈念しましてあいさつとします。
なお平成19年度予算で、フクダ電子アリーナの隣接に人工芝のサッカー場が二面建設されることをご報告申し上げます。 |
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■卒業式は清々しい気分になる
今年は4年に一度の市議選の年であるため、平成19年度予算を審議する3月議会は早く終りましたので(2月19日〜3月8日)、近隣の卒業式に出席することができました。3月13日に犢橋中学校、15日には県立千葉養護学校(小中高)、17日横戸小学校、19日こてはし台小学校でした。
気になるのは児童、生徒数について。千葉養護は182名とやや増加ぎみで安定していますが、横戸小学校は明治7年に宇那谷小学校として開校以来、長い歴史と伝統のある学校であり、旧来の学区宇那谷町、内山町、横戸町のほかに、昭和40年代以降開発された、こてはし台団地5丁目の一部と6丁目、横戸台団地(一戸建)を通学区としていますが、近年生徒数が激減、今は全校生徒166名の小規模校になってしまいました。
一方近隣のこてはし台小は、宇那谷町の北東部に大手不動産会社が開発した、み春野団地(一戸建)900戸余の入居が完了し生徒が急増。こてはし台団地住民が若かった頃(30年前)のようです。今年の卒業生141名で保護者が入ると超満員。横戸小は在校生が全員出席できますが、こてはし台小は5年生のみの出席です。
保護者のみなさんは卒業生一人ひとりが校長先生から授与される卒業証書を受け取る姿に見とれていました。真剣な眼差しで見つめ、我が子の成長を振り返っているのでしょう。卒業おめでとうございます。 |
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■春の選抜高校野球出場校千葉経済大学附属高校壮行会に参加
3月16日美浜区ホテルスプリングスで開催された壮行会に出席しました。
理由は千葉市内の高校であり市議会内にあるスポーツ振興議員連盟の事務局長であることと、私の次男が同校の卒業生であることからです。
会は野球部員90名余が参加、ベンチ入りする選手18名はステージに他は両側に整列、関係者200余名盛大に開催されました。記念品にサインボールが贈られました。
経済高校の試合は二日目第1試合と決定しましたが開会式の宣誓者にキャプテンが選ばれました。長い歴史の中で千葉県内参加校の中から選ばれたのは初めてのことであり名誉この上なく喜ばしいことです。
佐久間校長先生のあいさつの中で、選手一人一人は守備についている時は常に「ボールよ俺のところに来い」と闘志に燃えているとの紹介があり、頼もしく感じました。
校長先生、野球部長先生のあいさつの後、選手18名一人一人から試合にのぞむ心意気の発表がありました。キャプテンを初めハキハキと声も大きく分りやすい自らの言葉で「優勝」を目指すとの力強い言葉があり感激しました。
又、今年から甲子園児は平成生まれになったとの話しもあり、改めて時のたつのは早いと感じました。
経済高校既に昨夏を含め二回出場、今回で三回目出場になるので、千葉市民の期待も大きく、我々も選手同様目指すは「優勝」の二文字です。 |
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■横戸町のお寺「明星寺」で行われた天道(テントウ)念仏講に参加
3月15日に行われた天道念仏講に参加しました。当日は会員が朝からお寺に集まり祭りの準備をしたとのことで、私が着いた時にはすでにたくさんの酒肴が並べられていました。
天道念仏講とは、昔から地元に伝わる行事で、会員は出羽三山、羽黒山、湯殿山、月山(奥州参りと云う)にお参りを済ました方々である。三山講は部落(お寺)ごとに20年〜30年に一度行われ、村に残って一家を構えている30代〜50代の方々が講を組み、お参りに行きます。今回お参りに参加した方々は20名程で40代から80代、三世代にわたっているとのことです。
お祭りは梵天作りから始まり、昔から引き継がれているヤグラを組み立て、四方に「梵天」を1本づつ真ん中に1本の計5本立っています。ヤグラの中には石像と鐘が置かれていて、梵天は青竹の先に稲ワラを巻き、竹ヒゴに色紙をつけたもので飾りつけたものです。組んだヤグラの周りを全員で回ります。一回ごとに鐘をたたき、三回回ると車座になり、酒宴が始まります。昔は歌い踊ったそうですが今誰も知りません。ある文献によれば弘法大師が出羽国の湯殿山を開いた時、同国天道村で念仏を始めたのが最初であると言われています。旧犢橋村のお寺はすべて宇那谷にあった大聖寺(真言宗)の末寺ですので、昔は村ごとに天道念仏が行われていましたが、今残っているのは柏井と横戸だけです。なお天道とは太陽のことで、太陽をあがめる原始的信仰のあらわれだそうです。各部落に梵天塚があり、三山参詣の記念碑が建っているのはこの信仰の名残でしょう。 |
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■母校犢橋中学校第60回卒業式に出席
3月13日午前10時から開催された母校犢橋中第60回卒業式に同窓会々長として出席しました。
今年の卒業生は92名で、卒業証書番号から計算すると述べ7,673名が卒業したことになります。私は第3回卒業生で同級生は70余名でした。在校生2年生は79名、1年生75名であるので、私たちのころと変わらないことになりますが、現在、学区内自治会加入戸数だけでも2,750戸あり、私たちのころの戸数は750戸位であったことを考えると、いかに子供の割合が減少したかがわかります。
卒業式は第一部が学校主催、第二部が生徒主催で行われました。第一部は卒業証書授与が中心で、第二部は卒業生が階段状にしたステージに登壇整列し、保護者を正面にして歌や詩の合唱、朗読と40分続きました。かつて中学校が荒れていたころに多かった、ダブダブの学ランやズボンを着た男子生徒や髪を染めた女子生徒が、今では1人もいません。生徒一人ひとりがとても爽やかで、非常に気持ち良いものでした。私だけでなく先生方も保護者も、かつての時代のことを知っている人にすれば不思議なくらいではないでしょうか。 |
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■宇那谷町農家組合の総会に出席カラオケに興じる 3月10日夕5時30分から、佐倉市のアクア・ユーカリで開催された総会に出席しました。総会は会計報告と4月1日からの新会長予定者が承認され、新会長には私、松戸としおが承認されました。農家組合(実行組合とも言う)は戦後、町内で農業を営まれた方々の団体で今でも続いています。共有地を持っているので組合員数は減ることはあっても増加することはない。私は共有地に権利はないが長く農協に勤務、農地土地改良区の設立、事務局を担当したので農協(JA千葉みらい)組合員として参加しています。
総会後お楽しみの宴会に入り、私最近余り酒は飲まないので歌うことにし久し振りに6曲も歌いました。若い人はテンポの早い歌ですが、私の持ち歌は昔の歌「くちなしの花」「大阪しぐれ」「北国の春」「今夜は乾杯」「命くれない」「夫婦舟」です。 |
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■「千葉ふるさと文化大学」の卒業・修了式と祝賀会に参加
3月9日は忙しくも楽しい一日でした。
午後2時から県教育会館で開催されたふる里文化大学「修了式と卒業式」に顧問として参加し、祝辞を述べました。卒業生代表に川村皓章学長から卒業証書が授与。私は祝辞の中で少子高齢化が進む日本社会にあって、これからは高齢者の社会参加労働力が必要な時代になるので、お互い元気でがんばりましょうと話しました。
卒業式終了後法務局供託課に行き市議選立候補に必要な供託金と書類を提出しました。いよいよ本番も近いので、気が引き締まる思いです。
4時には、千葉市立美術館に向かい、かねてよりさつきが丘在住の日展評議員(彫塑)の堀豊之氏から案内を頂いたので立寄りました。堀氏が私の来るのを待っていたとのことで彫刻、彫塑、洋画、書道展示場を解説して頂きながら鑑賞しました。堀氏自身の作品女像、千葉大名誉教授武内和夫先生の裸婦、元千葉市教育長書家吉田天行先生の書、現教育長飯森先生奥さんの書などを鑑賞することができ、知人の作品に出会えたことでなんだかホッ!とした気分になりました。
午後6時頃からJR千葉駅5Fペリエで開催された祝賀パーティー「千葉うまい酒のつどい」に参加しました。会費5,000円にもかかわらず約150名余参加盛大に開催され、いつもながら酒好きが多くあつまったものだと感心しました。千葉のうまい酒のつどいにふさわしく「仁勇」「岩の井」それぞれの蔵元の社長が出席しピーアール。ふる里文化研究会若水組の酒「おんだ若水」をはじめ、地酒吟醸酒等を、みつわ台シマヤ酒店から提供され、にぎやかに歓談。あっ!という間の2時間余でした。 |
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■千葉大教授 手塚和彰氏祝賀会に参加
3月3日(土)東京千代田区如水会館で開催された「手塚和彰先生のご退官をお祝いする会」に出席しました。
私が地元千葉市にある千葉大学教授の退官を祝う会に出席したのは今回が二回目です。前回は平素ふる里文化研究会を通じてファンになった声楽家(テノール)の秋山衛先生の時。以後秋山先生が行うリサイタルにはできるだけ出席するようにしています。議員になって32年、千葉大学教授でお世話になった先生は、高校の時の恩師で体育の故渡辺厳氏、絵の武内和夫氏、レンゲ草の村山元英氏、声楽の秋山衛氏、そして友人手塚和彰氏です。
手塚先生とは、私のJA時代の友人で元JA千葉県中央会参事の竹之内義郎氏の紹介でお会いしたのが最初で1982年頃のこと。手塚先生は長野県松本市の出身で、東大法学部を卒業、東大で研究生活をした後、1970年に千葉大講師となり、以来教授、法経学部長を経て学長特別補佐、大学院教授を歴任し、今年3月定年退職。この間二回ドイツケルン大学に研究員、教授として留学、労働法の権威と聞いています。
祝賀会は「ブリュッセル弦楽四重奏」から始まりました。楽団員の吉田とみ子さんが手塚先生の幼なじみであるとのことです。酔うと時を忘れて議論好きな手塚先生ですが、第一級の演奏家と友人であったとは初めて知りました。
お客様もそうそうたる方々で、元外国大使、現千葉大学長、元検事総長(二代)三菱UFJ信託銀行会長、日本労働組合総連合会長など日本を代表する方が大勢いらっしゃいました。出席者は約250名と盛大で、改めて手塚先生の人脈の広さに驚きました。挨拶では、第二ステージの研究、教官生活を続けると力強くみんなの前でおっしゃったので安心しました。これからは青山学園大学の法学部教授として、我々の期待に応えてくれるものと確信して帰途につきました。 |
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| 手塚先生ご夫妻 |
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手塚先生奥様(右) 友人 武之内氏(左) |
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| ■総武少年野球リーグ開会式に顧問として出席 |
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| 右、総武少年野球リーグ代表 花嶋征二氏 |
総武少年野球リーグ会長
幕張黒潮代表 花嶋征二氏と懇親会 |
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■千葉臨海野球連盟会長として平成18年度表彰式に参加
2007年2月25日(日)花見川区千種町千種自治会館で開催された表彰式に出席、入賞したチーム、選手を表彰しました。
今年は27チームが参加、A、Bリーグに分かれ一年間かけ戦われました。表彰は優勝チームの萩田自動車、準優勝のキャッアイ、三位千種クラブ、同ボーンへッドでした。
個人表彰は最優秀選手、打率、本塁打、打点、勝利投手部門で行われましたが、本塁打王は三本と少なかったのは、千葉工業大学の広い硬式球場での試合が多かったからだそうです。千葉工業大学の球場は千種町にあり、好意で少年野球と共同利用していて、球場不足のなかにあって、大変ありがたいことです。臨海野球連盟は30年余の歴史があり、市内最大の草野球団体となっています。 |
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■千葉市サッカー協会会長として千葉市小学校サッカー大会表彰式に参加
雨のため延期されたフクダ電子アリーナで開催する予定だった決勝戦が、2月24日(土)美浜区真砂第五小学校で開催されましたので出席しました。
念願がかない決勝戦に進出した選手たちは、「フクアリ」のプロサッカー場での試合にさぞかし張り切っていたであろうと思うと残念でなりません。
今大会は64チームが参加。決勝戦に勝ち進んだチームはJSC千葉院内と北貝塚でした。試合は一進一退1対1の延長戦でも勝負つかず、PK戦は規定にないため、両チーム仲良く優勝となりました。
小学生大会は、高学年は4年生、5年生、6年生と学年別に行われていて、6年生以下で争われるこの大会が、千葉市のチャンピオンを決める最も権威があり重みのある大会であるので、参加選手はみな予選から闘志満々、一試合でも多く戦いたいと頑張ってきた様子の満足気な顔をしていて、見ているほうもとても気持ち良くなりました。 |
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■千葉英和高校役員会に出席
2007年2月24日(土) 千葉京成ホテルミラマーレで開催された学校法人聖書学園千葉英和高校の役員会に法人監査役として出席しました。今回の役員会は年度末を迎え、19年度生徒募集中間状況報告、18年度3月末の期末手当など4議事について審議されました。
役員として最も気になるのは生徒募集状況です。一学年定員360名ですが定員を超える見込みであるとの報告があり安心しました。昨年、一昨年とも残念ながら定員不足でしたが、私立高校、県立高校共に定員割れが多い今年、定員に達する見込みがついたことは大変喜ばしいことです。
私は卒業生の中から選ばれた役員で、最初は評議員を務めていましたが、今は監査役を務めています。英和高校との関りは、卒業生(第5回)として同窓会の副会長、現役時代には野球部に所属していたので野球部O.B会の会長をしています。また、創立50周年、60周年記念式典の実行委員長を務めました。10年後の70周年にも参加できるようにがんばります。 |
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■千葉市議会の今年度第1回定例会(予算議会)の会派代表質問の質問者には勇退予定者が揃って登壇されました
会期が2月19日から3月8日までの第1回定例会は、今年が改選の年であるので今期最後の議会となります。現職議員の任期は4月30日であり、選挙は3月30日告示、4月30日投票と決定しています。
各会派の代表質問者として、主要三会派とも勇退を表明したベテラン議員が登壇しました。自民党議員団から萩田章氏(5期)、民主新生クラブから伊藤晶氏(4期)、公明党議員団から内藤靖夫(5期)氏である。共産党議員団から柳田清氏(6期)、自民党の向後一夫氏(6期)は、最終日討論に登壇するとのことなので主要四会派とも勇退者に花をもたせたことになります。
千葉市議会の定員は56名ですが今期、中本貞夫氏、稲垣昌彦氏が逝去、現員は54名でありそのうち11名は勇退を表明しています。
長い間本当におつかれさまでした。心からねぎらい申し上げます。 |
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■中田弘一氏の文部科学大臣表彰祝賀会に参加
2007年2月18日午後3時より開催された中田弘一氏の文部科学大臣表彰祝賀会に参加しました。この祝賀会は我が街、横戸小学校区体育指導員中田弘一氏が2006年11月16日付で文部科学大臣から「地域のスポーツの普及振興に尽力し多大の功績をあげた」として表彰状を授与されたのを記念したものです。
中田弘一氏は昭和48年に体育指導委員に就任以来、今日まで33年余勤められています。この間千葉市の名物バレーボール部会長に就任し、女子バレー、家族バレーの普及、発展に尽くしてこられ、バレーボールだけでなく体育祭の開催、ゲートボール、グランドゴルフなど、様々なスポーツの振興に努力してこられたのは地域住民すべてが知っていることです。
祝賀会は花見川区内の体育指導員、体育振興会関係者、地元のバレーボール部員、小、中の同級生、友人知人120名が出席し、盛大に催されました。
私は祝辞の中で、中田さんの功績が千葉市から千葉県、千葉県から日本国に届いたことは大変うれしいことである、みなさんで多いに祝おう、と話しました。 |
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■少年野球こてはし台ヤングライオンズ卒部式に参加
2007年2月18日10時から花見川区にある、ふる里農園講堂で開催された恒例のヤングライオンズ卒部式に参加しました。
今年の卒部生は例年より多く19名でした。市内で多くのクラブは部員不足が叫ばれている中、ヤングライオンズは宇那谷町の、み春野の入居者が増加したため、学区内の小学校生徒が急増、野球部員も増加したようです。19名が卒業しても部員は40名余残っているのでクラブ存続に全く心配はありません。
式中、卒部生一人ひとりが思い出を語り、原稿を持ち読み上げる姿は感動的でした。自らの思い出を語るだけではなく、監督コーチに対する感謝の言葉、父母へのお礼などにも配慮が見られ、小学6年生とは思えないほど立派でした。卒部生のお母さん方も同席していたので、改めて我が子の成長に感動したことでしょう。
思い出を語る中で、中学でも野球を続けたいという人が多かったので頼もしい限り。中学だけではなく高校まで野球部で活躍してくれれば我々の楽しみはますます増えます。子ども達の健全な成長を希望しています。
また監督が卒部生一人ひとりを紹介する姿も素晴らしく感動しました。 |
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■花見川区の犢橋町三社神社の毘沙祭りに参加
2007年2月16日午後2時から犢橋町広尾自治会館で開催された「毘沙祭り」に参加しました。祭りは会館内に祭壇が設けられ神主の祝詞奉上で始まり、乾杯で終ります。
祭りは当番制で今年の当番を「今当」、来年の当番を「来当」と呼ぶ、当番は犢橋町広尾、米内、新田、本郷の4部落を13組に分け毎年順番に回って来る。したがって一度「今当」として役目を果たすと次は13年後になります。
今当、来当の引き継ぎは酒で杯を交換することで行われ、昔は引き継ぎ前に酒相撲が盛大に行われていました。前頭から横綱迄番付表が作られ、今当組と来当組で勝負、時に飛び入りもあり来賓として出席していた私も指名され、一気に三合、五合位飲まされました。また、昭和40年代には、祭り当日の昼間、今当の人達が大きな空樽をたたきながら一戸一戸巡り、奉納品を集めて歩き、夜は深夜1時頃までも盛り上がっていたことを大変なつかしく思い出されます。 |
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■NPO法人フットボールアカデミー参加
2007年2月15日午後7時から開催されたフットボールアカデミーに参加しました。今回の講師は、先般開催された全国高校サッカー選手権大会で堂々三位に輝いた県立八千代高校サッカー部監督砂金伸先生と、柏南高校サッカー部コーチ宇田祐治先生でした。
両先生ともビデオを使ってそれぞれの思いを我々に伝えてくれました。砂金先生は全国大会第三位に輝くまでの足跡を自ら編集したビデオを使いながら話され、ビデオは試合毎に戦う相手チームの試合を含め編集、特に相手チームの戦力勝れている点、どこにスキがあるか、欠点があるかなど、微に入り細に入るもので感心しました。試合前に必ず選手に見せて戦略をたてて試合に備えたとのこと。
また、生徒指導では練習だけでなく平素の生活指導が大切であると言われた言葉は印象に残りました。さらに、また国立競技場に戻りたいとも言われたので頼もしくこれからも期待したいと思います。千葉テレビのプロデューサーからは、砂金先生は大会期間中「赤い目」をしている日が多かったとの話も。昼間は選手達と過ごし、夜は選手達のためにビデオ編集をしていたからのようです。
宇田先生からは「U-20南米選手権inパラグアイ」の試合を観戦しての報告が話された。U20南米選手権はオリンピック代表、W杯代表を決める大会でもあるとのことで、多くのスカウトが集まっていたそうです。ブラジルの強さが印象に残ったとの報告もありました。
途中、私に挨拶の機会をいただいたので、パラグアイを訪問した時の思い出話をしました。私が訪問したのは日韓共催W杯の前の年で、パラグアイ代表が南米代表になるとの報道に接し、千葉市とパラグアイの首都アスンシオン市が姉妹都市としての縁があるので、キャンプ地として千葉市を選んで欲しいと要請するためでした。結果としてはアイルランドが来ることになりましたが、当時は張り切って訪問したものです。
その時のバスガイドの話が今でも記憶に残っています。パラグアイは今、面積も狭く内陸の国ですが、以前は海まで続く広大な面積を持つ国で、隣国二国と戦争で負けてしまい小国になりました。
男性の多くは戦死し、働き盛りの男性は極限まで減少し、男女比率が正常でなくなりました。現在は他国と比較し年齢別、男女別ともに同じになりましたが、その間150年かかったといいます。戦争の悲惨さが良くわかる話でした。 |
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■千葉県立養護学校評議委員会に出席
2007年2月15日10時から開催された第3回評議委員会に出席しました。
平成18年度に第1回、第2回が開催され、評議委員会は学校側委員と平素学校に係わる代表者として選ばれた方々が参加しています。
千葉養護は畑の中の調整区域内に建設され、平成3年4月1日に職員69名生徒小学部23名、中学部31名、高等部78名で開校。現在は職員90名小学部44名中学部38名高等部103名の県下でも有数の中核校です。
学校建設の話が出た当初、バス停まで数百メートルあるので交通事故を心配する声があり問題となったが、道路を広げることで決着、現在まで事故は起きていません。
養護学校は千葉市内に市立と県立の二校があり、千葉市は政令市となったので、県立を千葉市が引き受けるべきとの声もありますが、今のところ話し合いまでは至っていないようです。 |
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■四街道高橋操市長後援会第3回懇親会に出席
2007年2月12日午後5時半から美浜区アパホテル(旧プリンスホテル)で開催され出席しました。総会は論議が活発で2時間もかけ、市長にとっても支援者にとっても有意義であったと思います。
高橋市長は千葉市花見川区宇那谷町の出身で歯科医です。四街道市千代田団地で開業したのが縁で市長選に立候補、1、2回目は落選でしたが、3回目で目標を達成し当選。現在2期目です。お父さんは私の市議選選対委員長を8回務めていただいており、今回の9期目を目指す選対委員長を引き続き務めていただきます。
来賓は衆議院議員実川先生、水野先生、県議会議員地元の岡村先生、7月の参議選候補予定者石井準一氏、しらすか氏、地元市議10名であり盛大に開催されました。 |
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■民団千葉県慶尚北道々民会新年会に出席
私は千葉県大韓民国民団と20年来交際をしており、千葉市議会内に日韓親善議員連盟を結成しています。
民団千葉県及び千葉支部の主要メンバーは、韓国慶尚北道、南道の出身が多いため道人会が結成されています。慶尚道は日本の奈良同様、古都であり桜の名所、鎮海、慶州のあるところです。慶州市は人口と桜の木の数を比べると桜の木の方が多いといわれ街中が桜一色と言ってもいいほどです。慶尚北道々人会の旗はカチガラスで、慶尚北道では樹や電信柱などに巣が残されています。
新年会は民謡歌手の歌やビンゴゲーム、踊りなど、にぎやかに深夜遅くまで続きました。私は韓国とはサッカーや野球を通じ長い交流があります。今まではソウル市が中心でしたが、これからは慶尚北道と交流を深めたいと挨拶したところ、大拍手をいただきました。 |
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■千葉市子ども会育成連絡会主催第50回写生大会表彰式に参加
2007年2月10日午後1時から生涯学習センターで開催された第50回千葉市子ども会写生大会入賞者表彰式に、子ども会相談役として参加しました。応募作品273点の中から、市長賞を含め8名、金賞6名、銀賞6名、銅賞10名、団体賞2団体が表彰されました。審査に当たった弥生小学校々長鷹野忠洋校長先生から入賞者のみなさんに「みなさまは自分の思いを絵にしてそれが認められました。自信を持ってこれからもがん張ってほしい。もっともっと上手になってください。」と励まされました。表彰された子ども達はステージに上がり、ひとりひとり賞状と記念品が贈られました。緊張した表情で賞状を受け取る姿が印象的でしたが、将来の成長がとても楽しみです。 |
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■第16回千葉市長旗争奪ミニサッカー大会開会式に参加
2007年2月10日、ポートアリーナで開催された第16回千葉市長旗争奪ミニサッカー大会開会式に参加しました。
早いもので大会は第16回目となり、千葉市が平成4年に政令市に移行したのを記念し千葉市長が名誉会長となり、市スポーツ振興財団が主催、千葉市サッカー協会が主管で開催されているものです。大会参加チームは256チーム約4,000名が参加する大会で、2日間にわたり開催されました。参加選手は幼稚園児、小学生、及び保護者のみなさんです。
主催者を代表し鶴岡啓一千葉市長が挨拶され、平成20年までにはフクダアリーナ隣接地に、サッカー場が2面取れる人工芝の運動広場を造る予定であるとの話が注目をあびました。主管団体を代表して私も挨拶に立ち、千葉市サッカー協会が今年NPO法人の設立を目指しているとの報告をしました。 |
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■こてはし台中学校区三団体親睦懇談会旅行に参加
〜街づくりはお互いに知り合うことから始まる〜
2007年2月8日〜9日一泊二日の日程で開催され昨年に続き出席しました。今年は長生郡長生村にある「太陽の里」泊、銚子ヒゲタ醤油視察がメインの旅程でした。三団体は、第10地区町内会自治会、第10コミュニティー懇談会、千葉市北部振興連絡協議会で役員他有志、男31名女34名が参加しました。なお、2日間カメラを撮り続けた、こてはし台の積田安雄さんの写真展が松戸としお後援会事務所で行われる予定です。 |
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■京成大和田駅南側ロータリー完成
2007年2月7日午後、柏鷹会々長吉田とし子氏より要請があり、八千代市大和田南地区土地区画整理事務所を訪問しました。所長さんの話しを聞き、すでに完成し利用されている駅南側のロータリーを視察しました。
吉田氏の要望は、現在利用されている大和田駅改札口をロータリーの近くに改札機能の一部を移せないだろうかという内容。利用者の多くが千葉市民であることを考えると検討すべきと思いました。 |
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■千葉県地方議員連絡協議会(通称地議連)役員会に出席
2007年2月6日午前11時から自民党千葉県連会議室に於いて地議連(県下56市町村議員加盟)役員会が開催され私は直前会長、顧問として出席しました。役員会では、総会開催時期や選対運営、中国への海外視察などについて話し合われました。 |
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■検見川神社の節分祭に参加しました
2007年2月3日17時から開催された検見川神社の節分祭に参加しました。
検見川神社の御創祀は1200年前といわれ、御祭神は東神殿宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)中神殿素盞嗚尊(すさのをのみこと)東神殿伊弉冉尊(いざなみのみこと)です。年中行事は元旦の八方除祭から大晦日の除夜祭まで毎月1日と15日の月次祭を含め、47祭余行われています。近年は年間を通じて参拝者が絶えないそうで、「八方除総鎮護」の御神徳をいただくため、氏子や崇敬者が全国から訪れるとのことです。
節分当日は、社殿内で祭事が行われたあと、宮司、神官の先導で来賓約70名が二組になり、回廊から境内に集まった氏子崇敬者約500名に向かって、大豆や御ひねり等を「福はうち、福はうち、鬼はそと」と大声で叫びながら撒きました。検見川神社では昔から「福はうち」を2回、「鬼はそと」を1回叫びならが撒くのが習わしになっているそうです。
私は30年以上にわたり、地元花見川区の犢橋町の三社神社の節分祭に参加してきました。残念ながらこちらは2年前から行われていないので、これからは毎年、検見川神社の節分祭に参加して、みなさまのご健康とご多幸を祈願していきたいと思います。
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■松戸としお市議会だより2007年2月号を発行しました
松戸としお後援会より、市議会だよりを発行しました。
ご挨拶・プロフィール・後援会ニュースなどが主な内容となっています。詳細は右からPDFをダウンロードをお願いします。
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| 松戸としお市議会だよりPDF(317kb) |
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■千葉市議選挙立候補予定者 自民党公認証書を受領
2007年1月30日の自民党県連で、自民党千葉市連合支部の役員会が開催され、会議終了後、昨年申請していた市議選候補に対する公認証書を受領しました。千葉市は政令指定都市のため県議会議員と同じく安倍晋三総裁の名で交付されます。
千葉市議会議員は現在定数56名のうち自民党所属議員は22名でありますが、次回の選挙に公認申請したのは現職12名と新人3名の合計15名です。先般の議会で一増三減の定数変更の条例を可決したので、4月からは定数54名となります。
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■少年野球「京葉スターズ」30周年記念祝賀会に出席
2007年1月28日に、花見川区少年野球連盟及び総武リーグに所属する「京葉スターズ」の30周年記念祝賀会に出席しました。市協会役員、区連役員をはじめ、多くの父兄・OB・現役選手ら総勢約200名が参加して行われ、少年野球の祝賀会としては大きな式典となり、記念誌も発刊されました。
私が少年野球に関わるようになったのは1975年に市議当選して間もないころ、西部地区少年野球連盟会長に就任したのが始まりです。当時は関東団地連盟の所属チームが多く、団地外の街のチームは数も少なく草創期でしたが、年々登録チームも増加し、地域の少年野球がおおいに隆盛となりました。会長を5年務め現在まで少年野球と深く関わり、球場不足解消に尽力してきました。千葉市当局と相談し、「運動広場」制度を確立、現在まで八つの球場を民間の力で造成し、そのうち二つの球場では現在も運営委員長を務めています。
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■千葉市体育協会創立60周年記念式典において感謝表彰を拝受
2007年1月27日に、千葉市体育協会の創立60周年記念式典が開催され、現在までの千葉市サッカー協会会長としての20年余りの活動が評価され、大木康司会長より感謝状をいただきました。これまでにブラジルや韓国、中国への海外遠征を複数回実現し、また一層の施設の整備充実に努めています。
千葉市サッカー協会は政令指定都市施行後に、中央区、美浜区、花見川区、稲毛区、若葉区、緑区の6つの区に協会を設立。種別は、一種(成人)、二種(高校)、三種(中学)、四種(小学)で発足し、現在は女子、幼児、シニアの七種になり、さらに最近ではフットサルも盛んになり、その活動はますます活発になっています。
千葉市はJリーグのジェフ千葉の本拠地『フクダ電子アリーナ』サッカー専用球場を持ち、サッカー王国を目指しています。平成20年にはフクダ電子アリーナに隣接してサッカー場2面分の人工芝広場が完成する予定です。
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■千葉県ビルメンテナンス協会主催新年賀詞交歓会に出席
2007年1月26日に中央区京成ミラマーレにて、協同組合・政治連盟・社団法人から成るビルメンテナンス関係三団体合同で開催された新年賀詞交歓会に出席しました。
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| 左 小名木協同組合理事長 |
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■自由民主党「第74回党大会」に出席
2007年1月17日に開催された自民党の党大会に招待され出席しました。大会の司会は衆議院・参議院から各1名が選ばれ、衆議院からは千葉県第二選挙区選出の山中あき子先生が司会を務められました。大会終了後、千葉県地方区自民党公認候補予定者の石井準一氏らと会い、それぞれの立場で今後の活動の決意を新たにしました。
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真中 石井準一氏
左 四街道市議 山本ゆうじ氏
右 千葉市議 松戸としお |
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■ジェフ千葉GM 『祖母井氏の話を聞く会』に参加
2007年1月11日にN.P.O法人A.Cクラブの主催による『祖母井氏の話を聞く会』が開催され出席しました。祖母井秀隆氏は、ジェフ千葉のゼネラルマネージャーとして活躍され、ナビスコカップ二連覇の原動力となった人物であり、日本サッカー界の宝でもあります。近々、指導者としての力を一層発揮するため、フランスに行く予定です。なお、参加者はサッカー関係者、指導者を含め約50名で、聴講者には八千代高校サッカー部監督の砂金先生も参加されました。
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右から2番目 ジェフ千葉G.M 祖母井氏、
3番目 千葉市議 松戸としお |
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